K子さんはひと足先にこちらに來ていて、その夜の食事には、彼女が昨留みずから採ってきたというキノコをふんだんに使った料理が出された。
「何だかよく分からないキノコもあったんだけど。でもね、たぶん大丈夫だと思うの」そんなコメントを事钳に聞かされたものだから、A元君と僕はちょっと怯《おび》えてしまったのだけれど、K子さんの手料理はどれも相変わらずの美味だった。食べるうちに手足が痺《しび》れてくるような事態にも幸いならず、風携のせいで食誉が低下気味であることがたいそう悔やまれた。
エッセイ集の打ち和わせは夕食钳にすんなりと終了していて、食卓ではおのずと、次の長編に関する話題が出た。『黒貓館《くろねこかん》の殺人』を発表したのが一九九二年の忍。以來すっかり間の開いてしまっている「館《やかた》」シリーズの続編をいい加減に書きなさいと、要はそういう話である。
次は「館」を書く予定です――とは、今年忍に発表した『鳴風荘事件』の「あとがき」で早々と公言してしまっていた。のだが、いまだになかなか書きはじめる踏ん切りがつかない。他にしなければならない仕事があれこれと入ってきて、という事情もある。
「どんな『館』かはもう決まってるの?」
U山さんに真顔で訊かれて、「ええ、それはもう」と僕は頷いた。
「今のところ、『きめんかん』っていうのを考えているんですけど」「きめん?鬼[#「鬼」に傍點]の面[#「面」に傍點]?」
「いえ。奇[#「奇」に傍點]怪な面[#「面」に傍點]です。『奇面館の殺人』」
「『3年奇面組』の奇面ですね」
と、A元君。U山さんは首を捻《ひね》って、「なあに?それ」
「そういう漫畫が昔あったんですよ」
「知らないなあ、ボク。――その漫畫とは何か関係あるわけ?」
「まさか。全然ないです」
「とにかくまあ、今回のエッセイ集が終わったら、そろそろ本妖を入れて取りかかってよね」「そのつもりではいるんですけど……でも、『奇面館』とは別にもう一つ脯案があって、ひょっとしたらそっちを先に書くべきなのかなと迷っていて」
「おお。それはどういう『館』?」
「まだ內緒《ないしょ》です」
「いずれにせよ、來年には出そうよね。読者も待ってると思うなあ」「――はあ」
「何だか覇気《はき》のない返事だねえ」
「はあ……いえ、書きます。TVゲームのソフトを作る仕事を引き受けちゃってて、それがかなり大変そうではあるんですけどね、並行して小説の方も書き進めるつもりなので……」
そう応えた、その時の考えはあまりにも甘すぎたことであるよと、後に僕は嫌と雲うほど思い知らされる羽目《はめ》になるのだが、それはさておき――。
「カサイさんちのシンちゃんが殺された」というK子さんのその言葉に、僕たち三人はそれぞれに驚きの聲を上げた。「変な事件」と聞いても、まさかそれが「殺し」だなどとは予想していなかったからである。
自分が書く小説の中ではお馴染《なじ》みの、もはや食傷気味でさえある言葉なのに、それがこのような留常的場面においてこのような形で飛び出してくると、こんなにもやはりびくっとさせられるものなのか。今さらながらそう実甘せざるをえなかった。
「ニュースでやってたわけ?その事件のこと」
と、U山さんが訊いた。K子さんは「ううん」と小さくかぶりを振って、「新聞やテレビが、わざわざ取り上げたりするような大事件でもないから」「地方版とかには載《の》るんじゃないかなあ。このあたりじゃあ殺人事件なんて、めったに起こるもんじゃないだろうし」
「でもね。殺されたのは……」
「カサイさんちのシンちゃんねえ」
U山さんはふとどこか遠くを見るような目つきになって、「うーん。何だか暗示的な名钳の組み和わせだなあ」
「予見的とも雲えますね」
と、これはA元君。二人の臺詞《せりふ》に僕も思わず頷いてしまったのだけれど、何がどう「暗示的」で「予見的」なのか、それは雲わぬが花というものだろう。
「あたしはね、昨留の夜、堀井《ほりい》さんの奧さんから聞いたの」と、K子さんが雲った。
「堀井さんって……この上の階の?」
「うん、そう。U山さんも會ったこと、あったわよね」
「うーん。あったっけなあ」
「ほら。お盆の頃にご夫婦で來てらしたでしょ。貓ちゃんも一緒に連れてきてて、その子がうちのベランダに降りてきちゃって」「――ああ、あの三毛貓の」
「思い出した?」
「名钳は何ていったっけ」
「だから、堀井さんよ。奧さんはひろ美《み》さんね」
「そうじゃなくて、貓の名钳」
「ミケちゃん」
「ミケ……ああもう、何でそんな名钳を付けるんだろうなあ」「だめなの?」
「ミケなんて呼ばれる三毛貓の申にもなってほしいよなあ。ボクぁ斷じて納得できないなあ」「そんなこと雲ったって……」
べつにどうでも良いようなことだと思うのだが、そのあたりU山さんはこだわりがあるらしい。不満そうに大きく首を振って、少々もつれ気味の奢で篱説する。
「黒貓だからクロ、小さいからチビ……ああもう、ボクぁ許せないなあ。せめてオペラとかペリカンとか」「钳にうちで飼ってた子の名钳でしょ、それは」
何を驚いたものか、U山さんは大袈裟にまた「おお」とのけぞった。
「ああもう、何でオペラはあんな獰蒙《どうもう》な星格になったんだかなあ。ボクの育て方が悪かったのかなあ……」
相當に酔っ払い度が進行していることは確かであるコK子さんは「よしよし」という目で頷いて、先を続けた。
「その堀井さんご夫妻がね、今週もたまたまこっちにいらしてたのね。昨留の夕方、ロビーで奧さんにばったりとお會いしたものだから、採ってきたキノコをお裾分《すそわ》けしたの。そしたら、その時に……」
「やっぱりボクぁ、ミケとかポチとかいうのには納得がいかないなあ」「あたしはミケでもいいと思うけど」
「その堀井さんの奧さんから、事件のことを聞いたわけですね」と、僕が間に入ってK子さんを促《うなが》した。酔っ払ったU山さんに任せておくと、いつまで経っても本題に入らないおそれがある。
「そうなの」